医療コラム

【はじめに】

現在日本の医療制度は急速な高齢化と医療需要の増大から支出の拡大が必要になる一方、国の財政状況の悪化から政府支出の増額が抑制され、個人の支出が増加する一方で、各種公的保険機関が財政的に破綻の淵に追いやられ、制度の破綻が近いのではないかと囁かれています。

最近では制度の改革として混合診療の拡大、医療ツーリズムの推進、医療の産業化、TPPへの参加などが唱われるようになってきました。

しかし、真に必要な改革ならば日本の現状を正確に評価して、正しい方向性の基に行われなければならないと思います。そこで、この日本の医療を取り巻く現状を客観的に俯瞰して、制度の問題点と維持・改善させるための方策をマクロ経済的視点から考察しました。

【対象と方法】

公的機関から公開されている資料を基に、日本の過去と現状の比較、世界各国の指標との比較を行い、現状の医療制度の問題点をマクロ経済的に整理し、今後の方策を考察・検討しました。

【結 果】

《日本医療の現状》

日本の医療と外国の医療の比較(World Health Report 2000):WHOが2000年に出した国別の医療評価ですが、これによれば日本の健康達成度の総合評価で第1位、健康寿命第1位、平等性で第3位であり、一方でこれを比較的安い医療費で達成しているのです(図1)1)。乳幼児死亡率の低さで第1位、平均寿命は女性では第1位の成績でした(図2)2)

(図1)日本の医療と外国の医療の比較
(図2)乳幼児死亡率(出生千人対)、平均寿命の国際比較

これらの高評価の理由の一つには日本が誇る医療保険制度があることは間違いありません。現在DPCの導入により現物給付が、またフリーアクセス制度も見直しがなされようとはしていますが、この制度の根幹を成す国民皆保険体制は維持すべきであることはほとんどの方が合意されると思います。

《OECD諸国の医療費対GDP比率》

2009年度の日本の医療費は36兆円(2012年度は38.4兆円)ですが、これは高いのでしょうか。これを他国と比較しますと、G7諸国で最下位、OECD34カ国中24位でした(図3)3)

(図3)OECD諸国の医療費対GDP比率(2009年)

《医療費と平均寿命(OECD諸国) 2007年》

これは主要各国の一人当たりの医療費と平均寿命の相関をみたものですが、我が国の実績は世界の標準からみてもすばらしい成果を挙げていることが解ります(図4)4)。一方米国一国が異常な点にいることが解ります。

(図4)医療費と平均寿命(OECD諸国)(2007年)

《高齢化とともに高まる医療費》

図は横軸が高齢化率、縦軸が医療費/GDP比をで、主要国別に経年的なプロットをしたものですが、我が国のラインをみると傾きが最も小さく、世界最高のパーフォーマンスをしていることが解ります(図5)3)
ちなみに、米国のみ異常なラインを示していますが、これは米国の医療のあり方が各国と根本的に異なっているからです。

(図5)高齢化とともに高まる医療費(1960年〜2009年)

《医師数・看護士数の国際比較(OECD諸国、2009年)》

医師数は OECD34カ国中29位、G7諸国で最下位、看護師数でも OECD諸国中15位 G7諸国中4位であり、少ない医療者で成果を出していることが解ります(図6)3)

(図6)医師数・看護師数の国際比較(OECD諸国、2009年)

【考 察】

《日本医療の現状》

かつて田中角栄総理が「福祉は天から降ってこない。我々は働いてその原資を稼ぎださなければならない。」といみじくも言ったように、現在の医療制度や社会保障制度を維持するためには、これらの原資を生み出さなくてはなりません。その原資となるものが名目GDPです。なぜなら名目GDPが税収の元になっており、その税収が政府からの我々への医療補助の元になっているからです。

そのGDPですが、国別のGDP年次推移をみると、世界で唯一日本のみがこの15年間GDPを減らし続けてきているのがわかります(図7)5)。これは1997年に行われた橋本緊縮財政・消費税増税から始まるデフレ不況が原因である経済・財政政策の誤りが原因であること考えられます。

(図7)国別GDP年次推移

これらの経済・財政政策を行うにあたっての一番の根本にあるものは日本が抱える1000兆円を超える世界最大の借金という問題があります。正確には累積した政府の負債(=国債残高)ですが、日本政府は諸外国に比較して異常に多額の金融資産(外国為替資金特別会計など)を保有しており、これらを相殺すると政府負債は500兆円程度になり、GDP比率でみると現段階で米国並みということになります。

この負債を減らそうとする発想から消費税率を上げ、緊縮財政を行い、国債発行額を減らそうという政策を指向することになります。1975年から本格的に特例公債(=赤字国債)の発行で財政を賄うようになり、累積額が80兆円を超えた1982年9月に当時の大蔵省の意見を受け鈴木善幸首相が「財政非常事態宣言」を出しています。このために鈴木首相は11月に退陣しています。それから30年が経った現在、政府の累積負債は10倍以上になっていますが財政破綻などは起こっていません。

ケインズ派の経済学者であるアバ・ラーナーの「機能的財政」論6)によれば、国債が国内で消費される「内国債」である場合には、国債の償還金の支払い先は同じ国民なので、その金利は国民の負担とはなりません。閉ざされた系の中では政府と国民とは対立する存在ではなく、マネーが両者の間をただ循環するだけのことなのです。よって、「内国債」の場合、政府が財政破綻する(=国債の債務不履行に陥る)ことはあり得ません。公的債務は全額返済してなくしてしまう必要はありません。政府(=国)は企業や個人と異なり永続すると考えられるので、債務の繰り越しをし続ければよいからです。また、政府は通貨発効権を持っているので、究極的には通貨を刷って返却が可能であるからです。

従って、「内国債」であれば、より積極的な財政支出が可能であり、政府の経済政策の自由度は高くなります。その状況で政府の財政運営の中心的考え方や評価は、物価の安定と完全雇用が達成できたかどうかということになります。政府の負債を減らすことではありません。さらに、もし、財政の機能のみによって物価の安定と完全雇用が達成できない場合には、金融政策によって調整することになります。

以上のような考え方を日本の現状に当てはめて考えると、日本の国債は95%程度国民が保有しており、100%が円建てであり「内国債」の条件に一致します。しかも、15年以上に渡って物価が下落し続けているデフレ状態であり、世界各国と比較すると低い失業率ですが完全雇用の状態ではありません(日本では2%程度の失業率が完全雇用の状態と考えられます)。さらに日本の長期国債金利は0.5%に近づこうとする史上最低で世界最低レベルに達しています。

従って現在の日本の経済状況からすると積極的な財政政策がとれるということです。むしろデフレを脱却するまでは政府による財政支出がもっと必要ということになります。

マクロ経済的にみて財政支出をどこにするべきかという問題はありますが、医療・福祉部門にも支出が可能であり、財政問題でこれらを切り詰めなければならないとする発想から脱却する必要があると考えます。医療の質や安全性のレベルを上げるために医療改革は必要ですが、財政問題からこれを発想されては全く本末転倒というべきです。

【結 論】

日本の優れた医療制度の中でも国民皆保険制度はその中心をなしますが、これを維持するためには公的支出をある程度増やす必要があります。

現在の日本の経済・財政状況でもそれは可能であり、むしろ長期デフレから脱却するためにも公的支出は増やす必要があるのです。そのためには財政均衡主義的発想と新自由主義的な効率一辺倒な改革主義からの脱却が重要なことであると考えます。

【Key Words】
Japanese healthcare system, Macroeconomic analysis, Functional finance, Abba Lerner

文 献
1) World Health Report 2000: OECD Health Data 2000 (WHO).
2) World Health Statics Annual. UN Demographic Yearbook 2000 (WHO).
3) OECD Health Data 2011, version 30 June 2011.
4) OECD Health at a Glance 2009.
5) UN, National Accounts Main Aggregates Database、2011.
6) 中野剛志:国力とは何か 経済ナショナリズムの理論と政策.  講談社現代新書, 2011.